シティバイキング連載その2

City Biking その2

二玄社 「NAVI」連載記事 1994年〜1995年

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更新日 2014-11-15 | 作成日 2007-09-15

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City Biking 

二玄社発行の雑誌「NAVI」でわたしが連載していた「シティ・バイキング」をテーマとした記事を転載してみました。 大分前の記事でもあり、文章の稚拙さもかなり目に付きますが、主張している内容そのものは現在もほぼ同様なので、ほぼそのまま転載してあります。

※この記事は二玄社NAVI編集部、各写真撮影担当の写真家の承諾を得て転載しています。 文章・写真の無断転用・転載はご遠慮下さい。

二玄社「NAVI」連載第6回 1995年3月号P191
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首都高速でバイキング!

都市内じゃ自転車ほど便利な乗り物はない!という主張のもとに展開する、もう一つの長期リポート。今月はなんと首都高速でバイキングをして、自転車をめぐる環境の悪さを痛感したというハナシを。

 以前からわたしには、「自動車専用道路は自転車にとっても快適である、自転車にも同様の環境を実現したい」と考えてきました。

 自動車専用道路とは「信号や交差点がなく」「急勾配や急カーブがなく」「路面がきれいで(平滑性が高く)」「歩行者や障害物がない」道路です。そこを走る車両をスムーズに迅速に通過させることに機能を特化させています。

 自動車以上に急な方向転換や発信・停止の繰り返し、またのぼり坂が苦手な自転車にとって、走る環境としては理想的な条件を備えています。しかしあいにく、わが国において、こうした道路は夢物語で、わたしのそうした考えを他人に話しても、感覚的にわかってもらうのは、なかなか難しいことでした。

 ところが、1994年12月11日、都市内の自動車専用道路である首都高速道路を自転車乗りに解放するイベントが開催されました。もちろん、わたしはよろこび勇んで参加しました。

 イベントの名前は「ツール・ド・メックスウェイ」。メックスウェイとは、首都高速の愛称だそうです。コースとなったのは、首都高速の東京−横浜間をむすぶ通称<横羽線>に平行して、羽田空港から横浜ベイブリッジ手前の大黒埠頭まで湾岸線を延長した新規開通区間の大部分です。ちなみにこの路線の開通で、東京−横浜間の渋滞の解消/緩和が期待されているわけです。

 内容は、必死で走りたい人のためのロードレース、のんびり走りたい人のためのサイクリングの両方からなり、じつに5000人以上が参加したそうです。

 このイベントが画期的であるのは、やはり自転車に自動車専用道路が解放されたことでしょう。日本では、レースを含めて自転車関連のイベントのために、地域振興を目的として地方でごくたまに行われる場合をのぞいて、一般道でさえ自転車に解放されることはないからです。自転車が社会的な認知を得ている欧米では、ロードレースはその名のとおり、一般道や高速道で行われています。しかし、日本では、クローズド・サーキットをぐるぐる回るものがほとんどなのです。

 わたしはロードレース、サイクリングの両方に参加しました。すると、競技者の集まりとなるロードレースはともかく、サイクリングの参加者は実に多様で、世の中のほとんどのバイキング・スタイルを見ることが出来ました。IMG-N6.JPG

 ママチャリの主婦グループ、子連れのMTBパパや正統派サイクリングおじさん、スポーツ大好きおにいちゃん・おねえちゃんといった人たち、珍しいところでは、2人で力をあわせてこぐタンダム車の姿も見ることができました。タンデム車は普段一律に自転車の2人乗りを禁止している法律のせいで、ほとんどの地域で一般の路上かを走ることで出来ず、じつに肩身の狭い思いをしている自転車なのですが、当日は普段のウサを晴らすかのように、軽快な走りを見せていました。

 というわけで、(残念にも)一度かぎりのイベントながら、自動車におびえることもなく、排ガスの匂いをかぐこともない、阻害要因の少ない路上でのバイキングは、実に効率的で快適なものだということを、5000人のバイカーとともに実感した一日でした。

写真=関根健司さん
二玄社「NAVI」連載第7回 1995年5月号P201

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道路設計者の皆さん、ちょっと待ってください−その1

今月はヴィークルとしての自転車の可能性を追求する坂野さんのリポート。自動車乗りのかた、最近、街で走りづらいと感じたことは、ありませんか?

 寒い寒いと思っているうちに、陽差しはすっかり春です。シティ・バイキングをしていても気持ちの良い日に巡り会える今日この頃です。

 さて、この季節、実に多く目につくのが道路工事の現場です。年度末を迎え予算(我々の納付した税金の)消化に忙しいのでしょうが、その工事現場の多くでシティ・バイカーにとって気になる傾向が見受けられるのです。

 わたしが頻繁に利用するルートに中央区を走る鍛冶橋通りという道があります。ここでは、現在(3月はじめ)歩道の拡張工事が行われています。歩道を広く美しくして、歩きやすくし、街の美観を整えようという工事だと思われます。しかし、この工事がシティ・バイカーにとっては、まことに具合の悪い道を作り出すことになりそうなのです。

 鍛冶橋通りは片側2車線の道路で、これまでは、歩道側に路側帯状の部分(車道の外側線と歩道縁石の間)が設けてありました。今回の道路改修で鍛冶橋通りの一部で(おそらく今後の工事でかなりの範囲が)路側帯状の部分が消滅、あるいは、大幅に縮小されることが予想されます。鍛冶橋通りに限らず、道路改修やパーキングゾーンの設置により、路側帯が消滅したり縮小するケースが最近増えているのです。

 シティ・バイキングでは、道路交通法で規定されているとおり、主に車道を走ることになります。その時、路側帯状の部分は自動車の車線を妨害せずに走れる、実質的な自転車レーンとして利用できる空間なのです。自動車でも歩行者でもない曖昧な立場にある自転車にとって、これといった役割が明確に規定されない曖昧な領域は、貴重な生存領域なのです。

 道路設計者はどうやら、自転車が車道上を走ることは全くといっていいほど考えていないようです。さらに、悪いことに、警察も自転車の歩道走行を前提として、様々な規制をしようとしているようです。事実、鍛冶橋通りと交差している日比谷通りには、自転車の車道走行を禁止する標識があります。歩道には[自転車歩道通行可]の標識があるので「自転車は歩道を走れ」と考えているようです。

 しかし、実際には昼間の日比谷通りの歩道は人通りが多く、とても自転車が走れるような状態ではありません。当然ながら、わたしはいつも車道を走っているのですが何も問題は起きず、交番の前でも、白バイにさえ注意されたことがありません。おそらく、[自転車車道通行禁止]の標識の存在は、地域の警官でさえ知らないのではないでしょうか。そんな、誰もが無関心で有効性の薄い標識であっても、その決定をしている人の存在とその意識は脅威です。

 車道上での自転車の生存領域は確実に狭められています。歩道へと追い立てられ、中距離移動を担う能力を失いつつあるようです。そんな流れに逆らってのシティバイキングは、なんともアナーキーで反体制的な行為となってしまいます。

 おそらく、これから自転車をより積極的に利用し、より長い距離の移動をしようとする人は増えると思われます。しかし、そんな世の中の流れとは別に、自転車がこれまで生きてきた車道と歩道の間の曖昧な領域や法規制が、失われたり、明らかな規制へと変わろうとしています。そして、その背後には、道路設計者・行政プランナー・警察などの自転車に対する<無知>と<無関心>が存在しているのです。

写真=田中哲男さん
二玄社「NAVI」連載第8回 1995年6月号P200

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道路設計者の皆さん、ちょっと待ってください−その2

シティ・バイカー坂野さんによる「自転車も共存できる道路」を考えるリポートの第2弾。いまや自転車乗りは、無関心な道路設計者によって危険にさらされている!

 今月も「自転車の安全で効率的な交通が難しくなっている」という現状について考えてみたいと思います。

 とくに取り上げたいのは、橋の問題です。大きな川にかかる橋は多くの場合、クルマにとっての交通のボトルネックになっています。ところがクルマのみならず自転車にとっても、大きな橋を渡るというのはやっかいな問題なのです。

 距離が長く、不きっさらしになる大きな橋では、歩いて渡るより自転車で渡るほうがラクです。したがって歩いて渡るひとは少なく、自転車がクルマに次いで多数派として通行する場所なのです。

 わが家の近所に、新大橋通りが荒川と中川を越すためにかけられた「船堀橋」という橋があります。この橋は車道わきの路側帯状の部分が広く取られていて、この界隈でも最もスムーズに通行できる橋でした。しかし、数年前の改修工事を境に、とても自転車向きとはいえないような橋になってしまったのです。

 工事後のある日、いつものように自転車に乗って、車道を走りながら江東区から対岸の江戸川区に向かって橋を渡ってゆくと、突然、「この先自転車の路肩走行は出来ません 警視庁 東京都」と書かれたカンバンが現れ、歩道へと上がるように促しているではありませんか。ところが写真でお分りの通り、歩道へ上がるスロープというのは、高さが20cm角度が50度はあろうかというシロモノなのです。自転車に乗ったままでは、とても上がることは出来ません。

 そのうえ、難儀して歩道に上がるとすぐに、今度は急角度の下りの階段が待ち受けています。端に自転車用のスロープこそついていますが、自転車を押して(実際には重力に逆らって支えながら)下りることになり、実にあぶなっかしい状態となってしまいます。そうやってウンザリしながら長い階段を下りると、今度はまたもや同様の階段をもう一度登り、さらに下りなければならないのです!

 この一連の行程は、体力のある若いひとでも絶対に途中でイヤになるでしょうし、中年以降のふつうのひとには明らかに無理ではないかと思われるほどです。

 だからといってカンバンの指示に従わずに、橋の上を直進すると、路側帯状の部分は途中から、歩道の拡幅によってきれいさっぱり無くなってしまうのです。

 このような道路設計の結果、当然ながら自動車にあおられる危険を冒しながらも車道を走ってゆくひとが後を絶ちません(カンバンは通行禁止の標識ではないので、危険ではあっても違法ではないと思いますが)。また、果敢にも歩道わきのスロープを自転車に乗ったまま下りてゆくひとも多数見られます。

 じっさい、この写真を撮影しているときも、橋の上を自転車で通ったほとんど全員が、カンバンに従わずに直進していきました。カンバンの直後には自動車専用の下り出口があるため、自転車で車道を走るひとは、そこに来るクルマに巻き込まれないように注意して車道を走っていきます。もちろん非常に危険な行為なのですが、わたしたちが撮影していた時、多数の年輩のかたがそこを通過していったのがとても心配に思えました。

 橋に翻弄(ほんろう)されるかのように、自転車や歩行者は何度も何度も階段や段差を登ったり降りたりしたりしなければならない。その横を、エンジンつきの乗り物だけがスムーズに走り抜けてゆく。この船堀橋のような構造の橋は、全国に数多くあると思われます。わたしにはどう考えても、この橋の設計者や管理している省庁の関係者は、ほんらいは弱者である歩行者や自転車のことを“現実的に”考えていないため、かえって危険な状況を生み出しているとしか思えないのです。皆さんはどうお考えでしょうか。

写真=阿部ちひろさん
二玄社「NAVI」連載第9回 1995年8月号P206

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バイク・メッセンジャーを知っていますか?

シティ・バイカーの坂野さんによるリポート。今月は自転車を使った新しいストリート・カルチャー、バイク・メッセンジャーの世界を取材しました。

 仕事上で緊急を要する書類などを、比較的近い場所に届けたい時、みなさんはどうしていますか? オートバイを使ったバイク便はよく知られていますが、自転車を足にして、よりローコストかつ早く届けることを“売り”にしている、バイク・メッセンジャーというサービスもあるのです。まだまだマイナーですが、都心のオフィス街では、ここ数年でずいぶんと目につくようになってきました。

 このサービスが定着している欧米の大都市では、メッセンジャーは街の景色の一部としても、またストリート・カルチャーとしてもすっかり市民権を得ています。ニューヨークで見たメッセンジャーは、ロードレーサーに乗って、穴ボコだらけの大通をものすごいスピードで豪快にクルマをかき分けながら走っていて、感動的にかっこよかったほどです。では日本のメッセンジャーはどうなのか。実態を探ってみることにしました。

 今回取材したのは「ティーサーブ」という会社で、都内のバイク・メッセンジャー会社としては最大規模とのこと。やはりニューヨークのメッセンジャーたちのカッコよさに刺激された代表の池谷貴行さん(いまだ現役のメッセンジャーでもある)が、7年ほど前から仕事として始め、企業化してからは4年という若い会社でした。

 池谷さんによれば、片道6km程度までが、自転車がもっとも効率的で速い移動手段になる距離だそうで、実際にそのくらいの距離の仕事の依頼が多いそうです。ここで働くメッセンジャーのひとたちは、無線で連絡を受けて、次から次へと1日20件前後の配達をこなすそうなので、ひとつの配達の距離は短くても、1日の走行距離は60kmから80kmにもなるそうです。ところがさらに強者がいて、自宅と事務所の通勤にも自転車を利用し、1日に100kmを越えるひともいるから驚きます。

 働いているひとたちは全員20代で、専業、学生アルバイトなど身分はさまざまですが、事前に思っていたよりもずっと個性的でお洒落なひとたちでした。レーサーパンツを履き、レーシングジャージに身を包み、ニューヨークでおじさんが手作りで作っているというメッセンジャー・バッグをたすき掛けした姿はなかなか素敵です。自転車はマウンテンバイクが中心ですが、どれもかなり高価なモデルを使っていて、自転車に対するこだわりもうかがえます。休みの日にはマウンテンバイクのレースや耐久ロードレースに出るひともいて、かなり自転車中心のライフスタイルを送っているひとたちも多くいます。

 この会社では、毎年開催されているメッセンジャー・レースの世界大会に、今年は日本から初参加を予定しているそうです。アメリカやヨーロッパにも負けない、日本での本格的なシティバイキング・カルチャーの登場も近いようです。

二玄社「NAVI」連載第10回(最終回) 1995年9月号P200


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シティ・バイキングの時代が近づきつつある!

シティバイカーの坂野さんによるリポートの最終回。最近、あらたにMTBも買った坂野さんは、あらためてシティバイキングの興隆ぶりに驚かされたのでした。

 断続的ではありましたが、かれこれ1年あまりも続けてきたこのレポートも、とりあえず終わることになりました。この間、シティ・バイキング=「都市で自転車の能力を発揮させ、より長い距離を移動するための交通手段として活用する生活習慣」に対する風向きが、以前と少し変わってきたような気がします。

 内外の自転車専門誌やアウトドア誌でも「都市生活と自転車」といったテーマ(時に反自動車文化的な色彩のものもありましたが)の特集が多く見られるようになりましたし、一般誌でもその傾向は同様です。また、社会あるいは一般のひとたちの自転車に対する注目度も増しています。

 例えば最近、わたしはマウンテンバイクを衝動買いしたのですが、これで街を走っていると、実に多くのリアクションがあるのです。単なる注視から、目が合うとニコッと笑いかけられたり、外人さんに「ヘイ!ナイスバイク」と声をかけられたり、信号まちの時に歩道を歩くひとに自転車のインプレッションを求められたり、はたまた路上で遭遇した外人さんのシティ・バイカーとえんえんと話ながら走ったりと、実ににぎやかです。

 わたしはそれまでシティ・バイキングにロードレーサーを使用していたのですが、ロードレーサーの場合は、外人さんに時々ニコッと笑いかけられるくらいで(外人さんは自転車好きなひとが多いようです)、ほとんどのひとたちは、視界に私の姿が入っても、そこに何も存在していないかのように、視線を後ろへと飛ばしてしまいます。それは、とても寂しいものです。

 じつを言うと、わたしはマウンテンバイクのブームに対しては、ちょうど自動車の4駆ブームに感じるような懐疑的な気持ちも少しあったのですが、マウンテンバイクは確実に、自転車に対する一般のひとの興味と社会的な理解を拡大したようです。

 自転車の持てる能力(すなわち可能性)を発揮させることを目指すと、そこに自ずと必要になるのはスポーツ性です。シティ・バイキングがより一般的なものとなるためには、社会とスポーツバイクの垣根を取り払い、多くのひとをその世界に誘う必要があります。

 機能的には、シティバイクとしてはマウンテンバイクはオーバースペックなのは事実です。でもカジュアルなファッションと気持ちにマッチするマウンテンバイクは時代の気分をよく反映しています。肩に力の入った「趣味」ではなく、「生活」に根差した利用こそがシティ・バイキングの目指しているものです。そんな新しい生活スタイルを根づかせるには、キメて乗らなければならないロードレーサーよりもマウンテンバイクが適任のようです。

 また、シティ・バイカーの絶対数も増えているように感じます。特に目につくのが外国人のシティ・バイカーです。東京での居住人口から考えると、その比率は驚異的です。そして、彼らの多くは形にこだわらずに、実にカジュアルにマウンテンバイクを乗りこなしています。他人の動向や周囲の環境に左右されずに、個人の考えや感じた気分を素直に表現することに長けている彼らは、変わりつつある個人の意識や社会の流れを、いち早く示しているのかも知れません。

 これからもわたしなりにシティ・バイキングを追求していくつもりです。また機会があればさまざまな問題提起をしていきたいと思っています。最後にNAVIの読者の皆さん「路上でシティ・バイカーに出会って、もし邪魔になっても、路上では自転車も平等の存在であることを思い出して、愛情をもって接してやって下さい!」とあらためてお願いして、このリポートを終わりたいと思います。

写真=阿部ちひろさん                      

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